「こだわる」の意味は、「気にしなくてもよいような些細なことに心がとらわれる」。
デジタル大辞泉では、この意に加えて、「近年、『一流の材料にこだわって作った料理』のように、妥協しないでとことん追求するような、肯定的な意味でも用いられる」と書き添えられています。
けれど巷を見ればなんのなんの、これ以外にも多種多様な意味合いで用いられており、近頃では誤用からさらに派生した意味不明の亜種まであるなど、その勢いはとどまることを知りません。
これらの「こだわる」を本来あるべき言葉に戻してみると、いったいどのような表現になるでしょうか。
「こだわる」を使わないことで、印象はどのように変わるでしょうか。
本来使うべき言葉に差し替えて、違いを感じ取ってみましょう。
以下に、本来の意から外れた「こだわり」の用例を挙げています。
紙とペンを用意し、それぞれの文脈に合うよう下線部を適切な表現に書き直してみてください。(代入したときに違和感のあるリライトはNGです。)
1.この豆腐は、こだわり素材で作りました。
2.貴店の“接客のこだわり”について教えてください。
3.細かい部分までこだわって、製品を点検する。
4.創業以来、こだわり続けてきた伝統の味です。
5.この缶は、お年寄りや小さなお子さんでも簡単に開けられるよう、プルタブの形にこだわっています。
6.結果より過程にこだわって評価を下す。
7.デザインにこだわっているWebサイト特集
8.僕はアイドルが大好きだ。特にMちゃんには人一倍のこだわりがある。
9.アパートを探すときはいつもエリアにこだわっている。住むなら中央区がいい。
10.日本語の美しさにこだわって書く。
ちゃんと脳みそ絞って紙に書いたら続きをどうぞ。
1.この豆腐は、こだわり素材で作りました。 (リライト例)吟味した、厳選した、選び抜いた
まずは辞書の例文をもじって出題してみました。誤用の筆頭、シェアは最大でしょうか。
似たような表現に、「国産原料にこだわって」もあります。この場合は、「原料はすべて国産のみです」「国産原料しか使っていません」などとすればスッキリ。
2.貴店の“接客のこだわり”について教えてください。 (リライト例)信条、信念、流儀 など
「これが弊店のこだわりです」「これが弊店の信条です」。
さて、どちらのほうが背筋を伸ばした感じがするでしょうか。
「こだわる」の本来の意味は「拘泥」ですが、「拘」には「まっすぐに伸びない」という意味もあるようです。
3.細かい部分までこだわって、製品を点検する。 (リライト例)徹底して、入念に
なんかもうこれも正用じゃないのかと思うほど、世に蔓延している使い方です。でも誤用。
「細かいところにとらわれる」ではなく、「細かいところまで行き届く」という意味の単語に替えるのが正解でしょう。
4.創業以来、こだわり続けてきた伝統の味です。 (リライト例)一途に守り続けてきた
「伝統」=「変わっていない」ということ。つまり、「こだわり続けてきた」=「変えないようにしてきた」という意味になるので、それが伝わるような表現がふさわしいと思います。
流行をチャラチャラ追ったりしていないという一徹さをアピールしたいのなら、なおさら流行りの「こだわる」は避けるべき。
5.この缶は、お年寄りや小さなお子さんでも簡単に開けられるよう、プルタブの形にこだわっています。 (リライト例)プルタブの形に工夫を施しています、プルタブの形を工夫しています
このあとに「こだわり1」「こだわり2」「こだわり3」・・・と具体的な説明が続きそうな予感が止まらない例文。そんなに並べるともうガチガチのごわごわです。「お年寄りや小さ
なお子さん」には硬すぎます。
6.結果より過程にこだわって評価を下す。 (リライト例)過程を重視して、過程を重んじて
「過程を大事にして」でもよさそうですが、優劣を決める具体的な指針がある「評価」と組み合わせるには曖昧で、今一つ釣り合わない感。
7.デザインにこだわっているWebサイト特集 (リライト例)凝ったデザインのWebサイト、アーティステックなWebサイト、アーティスティックなWebデザイン
この例文はネットに転がっていた文を若干改変したもの。
ちょっと前までは、「カッコイイ」「クール」などの修辞が主流だった気がしますが、「こだわる」にしてしまうと、網を広げすぎて具体的なイメージがわきません。奇天烈なデザインのサイトも含まれるのでしょうか。ビジュアルは平凡だけど1
ピクセルまで計算され尽くしているサイトも? などと無駄に考えさせるタイトルです。
8.僕はアイドルが大好きだ。特にMちゃんには人一倍のこだわりがある。 (リライト例)思い入れ、愛着
のめり込んでいるという意味です。ラブなニュアンスがあるほうがいいでしょう。ちなみに、Mちゃんは、もちろん
天地真理のこと。
ももクロじゃないから。
9.住宅を探すときはいつもエリアにこだわっている。住むなら中央区がいい。 (リライト例)エリアを限定している
「こだわり」は、強い嗜好や志向も表すようになってきているようです。
この文脈だと、そのニュアンスを汲み上げて言い換えるのが難しいですが、嗜好の部分はあとの「~いい」に全託して逃げるのも一手。かえって重言っぽさが回避できていいかもしれません。(という言い訳。)
10.日本語の美しさにこだわって書く。 (リライト例)美しさを大切にして
「こだわる」を臆面もなく肯定的に使うような語感の持ち主に、そもそも日本語の美しさがわかるのかという疑問はさておき。
う~ん。リライト例よりもっと適切な表現がある気がします。きっとあるでしょう。
この例文は、日本語全体を美しいと感じているのか、日本語の中でも美しいと感じられる言葉を選んで書いたのか、はたまた、全体の表現として美しく感じられるよう留意したのか、そのいずれを伝えたいのかがわからないという点でもマイナス。
誤用パターンはほかにもありますが、今回はこれにて終了といたします。
お疲れ様でした。
解答例よりも適切な表現、解答例とは異なるベクトルによる言い換えを思いつかれた方は、是非コメントください。